ロロノア家の人々

    “海で生まれた砂糖菓子”
 


 そこは東の和国の奥向きにある小さな山里で、1年かけて四つの季節が巡りゆく、どちらかといや穏やかな気候ののんびりした土地。悪巧みをする人間が全くいないわけではないが、自然との共生で糧を得ている段階の、まだまだ田舎な土地ゆえに、奪える財も知れたもの。よって大掛かりな賊が狙っての襲うような土地じゃあないままに、人々の生きようもどこか長閑なまんまであり。今は丁度 実りの秋が過ぎ去らんとする端境期。吹く風もすんと素っ気なくなっていて、あれほど鮮やかな綾を織り成していた山野の風景からも、その色彩が随分と褪めてった末の今は、どこか煤けたような淡彩に塗り替えられて、ひっそりと寝つこうという冬を待つばかり。ここ、アケボノ村でも、ひろびろ広がる田や畑での収穫を終えて、間近になった冬への支度にと、大人たちが木枯らしに固まりかかる手を温め温めしもって 取り掛かっている最中で。
「今時は町まで行けば大概のものは手に入りますし、便利にもなった勢い、昔ながらのあれこれも廃れてしまって久しいもんですが。」
 それでも、かまどや囲炉裏はまだまだ健在な地方ゆえ、燃料としての炭はたんと焼いておくし、野菜のうちの幾らかへだって、干したり埋めたり保存食へと回すための手をかけもする。
「大根や椎茸は、干しといた方が旨みも増すんだろ?」
「ええ、そうですよ。」
 よく御存知でしたねと、毎日磨いている御利益からよーくつやの出た縁側に花茣蓙敷いて、そこへと広げた剥いた柿の実、5つずつを串に刺してたツタさんが。自分の子供ほども幼い相手、無邪気そうな声で語った奥方へと笑って見せれば、
「船ん乗ってたころの仲間にそういうのへ詳しいのがいたんだ。それみたいな渋い柿でも、干すと甘くなるんだぜって奴も言ってたし。」
「あ。もしかしてコックの人ですか?」
「おおvv」
 毒のあるキノコの見分け方もたたき込んでくれたんだ、何せ俺ってば、腹が減ると何でもかんでも口に入れかねなかったからと。他でもない自分のことだろに、言って“あはは”と先に笑い出したほどの屈託のなさをご披露した若い奥方。赤い地に黒い格子柄というチェックの身頃に、黒ビロウドの衿あてがついた綿入れ、いわゆるドテラが可愛らしく似合う、ショートカットに黒みの強いドングリ眸をした、小柄な人物ではあるが。実は男で、しかも、ここだけの話、つい先だって あの“グランドライン”という偉大なる航路を制覇し、ゴール・D・ロジャーの残した秘宝も得たことから、二代目の“海賊王”の名をもぎ取った伝説の人でもある。モンキー・D・ルフィと麦ワラ海賊団といや、レッドラインで分割された、グランドラインの後半海域、新世界さえ制覇した大いなる海賊王とその一味…として、荒ぶる海じゃあ知る人ぞ知る存在で。

  ―― そんな途方もない人物が

 ひょんな事情から陸
(おか)へと上がって、それから かれこれ一年近くにもなろうかというところ。彼自身とそれから、旅の先々で引き入れた仲間それぞれが、胸に抱いてた見果てぬ夢を、見事達成したその末のことであり。そのまま広大な海を“終の住処”としていてもよかったのではあるけれど、

 「……お、寝たか?」
 「ああ。」

 しっかりとした作りの母屋の奥向きから、足音も静かに出て来た男へ、にっぱしと全開の笑顔を向けたれば。そちらさんもまだまだ若いうちだろに、寡黙なままでも存在感のあるところから、さぞや名のある人物かと、やはり思わせる威容をその身へと帯びておいで。表向きには、この、こんな鄙びたところには少々不釣り合いなほど重厚な屋敷の奥にある道場と、そこに集いし伸び盛りの門弟たちを任された、凄腕の若師範…ということになっているのだが。

 「そうそう、さっき速達が来ててな。
  シモツキのコウシロウ先生が、大町から何とかいう達人を連れて帰るとさ。」
 「そうか。」

  噂を聞いてのことだろか。
  いやいやまだまだそうまで居場所を突き止められる奴はいなかろ。
  そうですよ、
  噂は噂でも先だって山賊を返り討ちになさったほうの話じゃあないんですか?
  あ、そういや あん時は、町から取材の記者さんとか来てたしな。

 そんな…ちょっとばかり意味深な言いようをやり取りする彼らなのは、こちらのご亭主がまた、ロロノア=ゾロといって、世界一の剣士を表す称号の“大剣豪”を冠された人物だからに他ならず。別段、名前がどうこうという固執はないので、自分が去った後の海に 新しい“大剣豪”が立つならそれもしょうがないかと、そのくらいにしか思ってはいなかったものが、

 『ばっかだな。
  じゃあゾロは、あのミホークが同じこと言って、
  とっととどっかに去ってったなら、そうかいそうかいって納得したか?
  俺が新しい大剣豪だぞって、他に名乗りを上げる奴がいたらどうしたよ。』

 それが体力的な限界だの何だのからの、彼自身が痛感しての決断であっても、

 『納得いかねぇって。
  追っかけてって仕合ってみないと気が済まねぇんじゃね?
  あと、本人の代わりみたいに、勝手言う奴は片っ端から伸したんじゃね?』
 『……まあな。』

 それを示すかのように。陸
(おか)へと上がった噂をどこから聞いたものか、この和国へ辿り着くまでの間にも、結構な数の練達があちこちから降るように、襲撃なり果たし合いの申し込みなり仕掛けて来たのを思い出す。
『けどよ、あの中の半分はお前への挑戦者じゃあなかったか?』
『あれれぇ? そうだったか?』
 そしてそんな連中を、やはり鮮やかに蹴たぐり倒したほどの彼らが、それほどまでの腕や度量を持ち続けながら、それでもすっぱりと海での暮らしを見切ったのは、

 「まったくよ。
  みおは相変わらず、ゾロが寝かさにゃあ素直に寝ねぇんだもんな。」

 とある島にて授かった小さな命が二つ。ルフィとゾロとに瓜二つの、まだ乳児という年頃だろう赤ん坊が転がり込んで来たものだから。もしかしてもしかすると、それぞれの胸のうちにあったらしい、大好きな人への情愛や執着が形になって授かったらしい、そんな奇跡を前にして。その子らを全力かけて育むか、海賊王という身の上をまっとうするかの選択を前にして、前者を選んだ彼らだったが故の今現在。海賊であることへの引け目なんてなかったが、子育てというのは片手間に出来ることじゃあない。ましてや、色々と様々に不器用な二人、最初から仲間をアテにするのも何だとかどうとか、彼らなりに考えた末に決めたこと。此処へと辿り着くまでがまた結構な冒険でもあったし、始まったばかりの生活も、今のところは新しい体験ばかりで毎日がびっくりの連続で。もしかしてそれへと馴染んだころに、少しばかりの寂寥が襲うのかもしれないが、その時のことはそのときに考えればいい。二人出逢ったそれからだって、色々大変ではあったけど。ささやかな後悔も山ほどあったけど。
(おいおい) それでもその時どきの決断に迷いはなかったし、それへの後悔は そういや無いまま此処まで来たんだし。

  ―― ま、何とかなるんじゃね? 俺ら凄げぇ運がいいし。

 周囲に言わせりゃ、その豪胆さでセオリーさえねじ曲げただけの話だが。
(笑) そんな彼らであり続ける限り、そして…互いのことを大好きなままでいる限り、何にも問題は無いと思われたからこそ、仲間たちも笑って見送ってくれたのだし。

 「あ、そうだ。シモツキといや、
  あっちの道場の師範代のカンベエさん、とうとう嫁さんもらうんだってな。」
 「へえ?」

 世界一の剣豪であると同時、昼寝をさせるという手間さえ買って出るほどに、実は意外なくらいに子煩悩だった割に、市井の噂話には相変わらず疎いご亭主。何でまたそんなことを、自分よりもこの村から出ない奥方が知っているのかと小首を傾げたところ、

 「だってこれに書いてあったぞ。」
 「……今日びの回覧板はそんなことまで回すんかい。」

 差し出されたのが…町内会で閲覧用にと回されている二ツ折のバインダーだったので。おいおいおいと眉を寄せたゾロだったのも、まま判らんではないけれど。

 「田舎は娯楽が少ないですからねぇ。」
 「娯楽って…。」
 「だってよ、カンベエさんて結構いい男なのに、
  なっかなかそういう話は無かったっていうじゃねぇか。」

 師範のコウシロウ先生がまた、そういうのを急っつく人じゃあなかったから、あのまんまじゃ独り身のまま終わっちまうんじゃないかって。ご近所のおばさんたちも心配してたらしいのがさ、なんと大町に好いたお人があったとかで、あらあらこれはって話がパッと広まって。男のあんたはいいけれど、それと…慎ましやかなお相手さんはあえて何にも言わないかもしれないけれど。子を持ちたいとか何だとか、実は思っておいでかもしれない。だったらいつまでもどっちつかずで放っておくのは酷なんじゃあないのかい?なんて、そんな言ってつっつくお節介がいたとかいないとか。その末のこととして、

 「春が来たらば祝言上げるんだってvv」
 「おめでたい話ですよねぇvv」

 身内ごとのようにお顔をほころばせて喜ぶ奥方とツタさんへ、おやおやと苦笑交じりの笑みを向け、そんな会話の傍らに、なかなか上手になった手つきにて、お茶を淹れてくれたの、口元まで運んだところへ、

 「ちゃんと“ぷろぽおず”したんかな。」
 「〜〜〜っ☆」

 とんでもないお言いようが飛び出したものだから、さしもの大剣豪殿も危うくむせての、湯飲みのお茶で窒息死しかかるところだったほど。

 「る、るふぃ?」
 「だってさvv
  天下取るのと変わんねくらいの、一生に一度ってゆ 一大告白だぞ?」

  そういや、俺、されたっけか?
  ………したぞ。/////////
  あれれぇ?

 暇なんだね、つまり。
(笑) にゃは〜〜っと笑った奥方の、得も言われぬ暖かなお顔につい釣られ、自分もまた和んだようなお顔となった剣豪殿で。油断のならないことが目白押しに襲い掛かって来ていた、緊張感あふれる海での日々を思えば、あまりに掛け離れた世界であり暮らしでもあるけれど。今のところはこの穏やかな毎日でさえ、充実しての満ち足りた、自分たちには過ぎたる至福と、ほこほこその胸 暖めているお二人さんであるらしい。きっと恐らくその先に、仲間たちがいる海だってあるのだろ、ひとつながりの青空の下。木守に残した柿の実のオレンジ色が、やけに眸を引く、のどかな秋の昼下がりだった。





     ◇◇◇



 『いいか? 赤ん坊と年寄りは、若いのに比べて噛む力や飲み込む力、
  消化する力が弱いから、同じように考えてちゃなんねぇんだ。』
 『ふむふむ。』
 『たとえば、粥にと使う、
  米や芋、カボチャなんかは、煮てりゃあ溶けてなくなるが、
  じゃあパスタやウドンは? なかなか溶け出しまではしねぇだろ?』
 『うん。』
 『だから。そういうものは、
  もちっと育って離乳食も進んでからでなきゃあ やっちゃいけねぇ。
  マカロニグラタンで、そうさな。
  9カ月くれぇかな? 歯茎で潰せるようになったらってこった。』
 『え〜〜〜? じゃあそれまでは、俺らもマカロニより堅いもんが喰えねぇのか?』
 『……大人は大人で別に作りゃあいいだろが。』



 もうどのくらいになるのだろうか。まさかこいつにそんな手ほどきすることになる日が来ようとは、一度だって思ったことはない相手へ、それでなくとも…何を教えるにしたって手のかかろうに、それを“教え子”にしての、簡単な離乳食教室を開くこととなってしまった日から、もう随分と日は経ったはずで。ああ今頃どうしてやがんのかな なんて、突拍子も無いことを思い出してる御仁が一人。デッキの柵に肘を引っかける格好で凭れての、朝からずっと佇んでおいで。堅い板張りの足元といい、その眼下からずっとの周縁を取り巻くのが青い海ばかりであることといい、陸の上にいる彼じゃあなくて。航行中の船じゃあないが、それでも島のように足場が堅いそれじゃあない。ちょっとした移動遊園地くらいはあろう大きな船を、一つところに係留している代物であり、此処が彼の今の居場所。長年の夢を叶えた末に、そんな海の上へと築いた、言わば“居城”と呼んでもいいほど。一応は“レストラン船”という押し出しで浮かんじゃあいるが、まだまだ客層と呼べるほどのご来店は少ない。何せ場所が場所だ。まだまだ恐れる人も多かろう、航海の難しい“グランドライン”のそのまた奥座敷。凄まじいまでの嵐の帯を挟んだところにこっそりと息づいていた幻の漁場、レッドラインとグランドラインによって四分割され、決して交わりはしない世界中の海の魚介が、どうしてだか此処には集うという“オール・ブルー”の間近にあるためで。漁師や海のコックなら、誰しも夢見る食材の宝庫。とはいえ、そんなところが現実にあるわきゃなかろうと、長い間 単なる言い伝えだと言われてもいたその場所を、仲間たちとの苛酷な航海の中、見つけることが出来ただけでも万感の至福、もう何が足らなくたって悔いはないぞと思った彼で。事実、それじゃあ俺は此処で…と航海から降りたりはしなかった。見つけたオール・ブルーが逃げやしないのだと判った以上、まだ目的途上な仲間との道行きをと、そちらを優先して選べた自分であり。自分がついてかなきゃあ、計画性の無い奴らだ、あっさり餓死すんじゃなかろうか。戦闘になったらなったで、三巨頭だの双璧だのとまで噂されてた自分が居なきゃあ、戦力激減で苦労するんじゃなかろうかと思ってのことさねと口では言いつつ。実のところは…見込んだ船長が“海賊王”へと至るその覇道、見届けなくってどうするかとの当然の姿勢。成功したなら祝杯そそいでやろうじゃないか、夢やぶれたなら死に水くらいは取ってやるからと、ぎりぎり最後まで付き合わなくてどうするかとの心意気にて、波瀾万丈の航海続けただけのこと。

 “…ああ、そうだったよな。”

 苦しいことのほうが多かったはずだが、何度も何度も死ぬような目にも遭ったはずだが、結果としては制覇出来たからだろう、ご陽気で楽しかったという印象ばかりが色濃くて。幸せだったとばかり思い出すようならば現状に問題有りなのかも知れず、難儀したことも漏れなく思い出せるのだから、まま その辺りに問題は無いとして。

 「〜〜〜〜〜〜っ。」
 「あ、こんなとこにいたっ!」
 「何してんすか、オーナーっ。」

 少しずつ波に乗り始めているその予兆、こんな難所でも物ともせずに訪れるような、頼もしいのだか末恐ろしいのだかという常連客も出来つつあるし、天才シェフとの噂を聞いて流れ着いたのや、嵐に遭ったのかただ単に流れ着いたのを仕込んでの、追い回しレベルからという初心者まで、数人ほどにまで増えている下働きのコックたちも抱えており。その中の何人かが、やっとのことでと此処へ辿り着き、口々に急かすようなお言いよう。

 「傍についててあげなきゃあダメじゃないすか。」
 「そうっすよ。メリー婆さんとウチのカミさんだけじゃあ心許ない。」
 「先生が駆けつけるまでくらい…っ、」

  「だあ、うっせぇなっ。そんくらい判ってるっっ!!」

 青い海へと黄昏て向かい合ってる場合じゃないくらい、誰に言われるまでもなく判ってる。せっかく…この道程を一から、若しくは三くらいから思い起こして、それで落ち着こうと思っていたのにとでも言いたいか。振り向いたそのついで、勢いよく駆けつけた面々を片っ端からすぐ傍らの海へと蹴り込んだのは。もうお判りですねの金髪碧眼の君。かつての麦ワラ海賊団では、類い希なる料理の腕と同じほど、岩鉄砕くほどものその蹴り技でも世界にその名を轟かせていた美丈夫シェフ殿。仲間内だったとんでもない腕の船大工さんの手も借りての、この“バラティエU”というご大層な海上レストランをおっ立てるにあたっては、もう一つの積年だった想いも叶えた彼であり。仲間内の中、もしかしたなら立ち位置は同じだったのかも知れぬ人。頼りになるんだか ならないんだか、少なくとも自分を地獄のような苦衷から救ってくれたくせして、年端も行かない子供みたいなところも多々あった、両方の意味合いから何とも目の離せぬ存在だった破天荒船長を。深い思い入れがあっての、ずっとその傍らで見守っていたらしい人。それが恋情からだったのか、それとも深くて強い友情だったのか、とうとう聞かれはしなかったけれど、

 『ルフィの代理、なんてのは、イヤよ?』

 クギを刺すよにそんなことを言い、されど、

 『でも、それって他人に言えた義理じゃないかもね。』

 独り言のようにそうも言ってから、至高の本気であたった求婚、ほぼ即答で受けてくださったマドンナを得。そんな彼女と二人、新しい生きようへと乗り出して…そろそろ1年目になろうかという頃合いなのだが。

 「んなこと言ったってしょうがねぇだろがっ。ナミさんがっ」

 空にも届け、何だったら遠い東の海ののほほん夫婦にも届けとばかり。腹の底からの大絶叫、そこまでを一気に怒鳴ってから、ぜいぜいと肩を上下させた一時停止を挟んで…さて。

 「…奥さんがどうしました?」
 「おーなー?」

 蹴り込まれた先から海面へ、ぷかりと浮かんだ面々が、恐る恐るに先を促せば。蜜をくぐらせたようなダークブロンドの金の髪、頬や額へ流したその陰で、どんなお顔になったやら。うつむいてのくっと息を詰め、指が長くていかにも器用そうなその手をぐぐっと握り締めると、

 「…くれねんだよ。」
 「はい?」
 「傍に置いてくれねんだよ。」
 「はいぃ?」

 陣痛が始まったのが昨日の昼過ぎで、だがまだ間隔も随分とあって。先生が出掛けてったところとは間が悪いと言いつつ、それでも引き返してもらえる距離だありがたいなんて話も出来てた。随分と痛むのか、あの我慢強いナミさんが、息を詰めのうつむきのして堪えてんのを。見てるだけでも辛かったけど、それしか出来ねぇんだ俺も頑張ろうって思ったところへ、

 「昨夜はとうとう眠れなかっただろうってのに、
  見てられちゃあ 思う存分痛い痛いって取り乱せないって言われてよ。」

 そいで、今朝早くからのこっち、母屋から追い出されたまんまなんだと力なく呟いて。がっくりと…実は細かった肩を落とすところが、日頃はそうは見えないくらいに猛々しいオーナーさんを、年相応の若者に見せている。確かに、そもそもからして いかにもの豪傑を思わせるような屈強で大柄な肢体はしておらず、鞭のように絞られた痩躯は舐めてかかって襲撃して来た無頼の連中には格好の獲物と映るのかもしれないが。船のあちこちに潜ませてある、武装のための装備を引っ張り出すまでもなく、大概のならず者は彼一人の応対で難無く撃沈させても来たほどの強わもので。師匠ゆずりだという屈指の蹴り技繰り出すその四肢、肢体は、とびっきりに強かでしなやかで。それだけじゃあない、その身の芯に据わった気概も、海賊王を支えた双璧だっただけのことはある強靭なそれ。どんなに不利でも折れずたわまず、戦艦クラスの船で押しかけた海賊でさえ、頭目をぶっ倒しての追い返した武勇伝も数知れず。だっていうのに、今はただただ、傍に居たかったのに追い払われたと、奥方の見幕にやり込められたことを嘆いてる、どこにでもいそうな若い亭主でしかないのだから……。

 「記念に記録しときてぇな、あの姿。」
 「夫婦ゲンカのたんびに似たようなしょげっぷりを見ちゃいるが。」
 「あすこまでのは久しいよな。」

 こらこら、あんたたち。
(笑) 話が随分と遠回りをしたけれど、つまりはそういう事情があっての、アンニュイな風情で佇んでおられたオーナー殿であり。

 「そんなにも頼りにならんと思われたのかなぁ。」

 がぁっくりと肩を落として、そのまま柵の根元に埋まりそうな勢いなのへ、

 「いやいやいや、そんなこたあないでしょうよ。」
 「そうっすよ、オーナーほど頼もしい男衆もそうはいないでしょう。」
 「強いばかりじゃあない、細かいところに気が利くし。」
 「そうそう。俺らにゃあよく判んねぇ気遣いとやら、
  いつだって 気ィ利かせててよく出来たお人だって、ウチのカカァも言ってやす。」

 コックたちが頑張っての盛り立てる。

 「そうは言うけどなぁ。そもそも俺ってば、いちいち鈍感ならしいしよ。」

 プロポーズした時だって、本当は口に出しての言ってほしくはなかったのかもってな、ちょいと気になる微笑い方したナミさんだったし。身ごもったのだって、胎動ってのへ“ひゃあっ”てナミさんが驚いたんでやっと気づいたほどの遅まきで。だってサンジくんたら、そうと判ったら抱っこしてぐるぐる振り回しての、周りのあれこれ蹴散らかすんじゃないかと思って、それで安定するまで黙ってたなんて言われたし。

 「そんなだったもんだから、
  傍にいたらば鬱陶しいって思われたんじゃあなかろうか。」

 なあどう思う?と、下手すりゃ涙目かもしれないお顔で訊かれては、

  「う〜〜〜〜ん。」×@

 そりゃあ悩むし、即答も難しいってもんでして。

 「それともあれかな。
  何となったら、
  鮭でもエレファント大まぐろでも捌いた万能のこの腕で…なんて言ったから、
  一緒にすんなって腹ぁ立てたとか。」

  「う〜〜〜〜〜〜〜〜ん。」×@

 もしかせんでも、それのせいじゃないんでしょうかと。何とはなく答えが見えたそんなところへ、大向こうから鳴り響いたのが、超高速水上ジェットの走行音。ずっとずっとこの船へ、長逗留していただいての主治医でいてもらってた先生が、ちょっと薬の調達にと離れたそのまま、こちらからの緊急電信を聞き、引き返して来てくださったらしくって。

 「くぉらっ、そこの宿六亭主っ!
  とっとと湯を沸かしての臨戦態勢に入らんかっ!」

 年配だけれど威勢はいい、ここいらの海域で最も腕がいいと評判の女医さんが、どこぞかの雪国の雄々しい女医さんを想起させるよな勇ましい啖呵を切りつつ、船端へめり込ませかねないほどの とんでもないスピードで突っ込んで来。愛用の水上ジェットをぎりぎりで急停止させてのヒラリと軽やかに、こちらの船上へと飛び乗るように乗船して来た。そんな彼女に、有無をも言わさず首根っこを掴まれての引きずられ、オーナーの居住区、主船室があるほうへ真っ直ぐ向かってった彼らを見送って。

 「お湯なら スーパー温泉開けるほど沸いてるぞ。」
 「昨日からこっち休業状態にして、店中のカマド使って沸かしてっからな。」
 「つか、俺らもいつまでもこうしてっと風邪ひかんか。」
 「そだな。」

 生まれたら生まれたで、何日間かは使いものにならんぞ、あのオーナー。まあまあ、そういうめでたい話は後々の語り草にしてやりゃいいさね、なんて。やっとのことで話が進みそうな模様なのを感じ取り、胸撫で下ろしてしまう男衆たちだったのだが。それからさして日も空けず、今度は生まれた姫君への名前をつけるのへ、同じくらいにしょげたり揉めたりする態に付き合わされることとなろうとは、まだ全くの気づかない、平和な人々だったりしたのであった。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.12.14.〜12.15.


 *カウンター 297000hit リクエスト
   へぼ探偵様
    『ロロノア家の人々、サンジがナミさんへのプロポーズを回想』


 *えと、リクエストの内容は、
  妊娠したのが判ったあたりから出産までの経過も…とのことでしたが、
  経験のない身ゆえ、随分とはしょらせていただきました、すいませんです。
  それに、どっちかと言うと和国のルフィたちの方へばかり、
  スポットライトが当たってたような…。(す、すみません〜〜〜っ)
  ちなみに、ゾロからのプロポーズを受けたルフィは、
  そのまま おいおいと泣き出してもおりまして。(『
緑の海、青い陸おか』参照)
  それをあっさりと忘れられてちゃあ、立つ瀬が無いってもんかもです。
(苦笑)

 *それにつけましても、
  当初とは設定が随分と変わってしまったあちこちが仄見えてて、
  そこのところは、もうもう笑って許していただくしかありませんね。
  だってまさか、
  あのGM号とのお別れなんていう大きな事態に見舞われようとは。
  船大工さんが加わって、しかもその彼がちゃんと、
  メリーがどんな勇者だったかを判ってるというのが、
  救いではありますが、
  あの可愛らしいお船は冒険に最後まで付き合うものと、
  疑いもしなかった当方としましては。
  ロビンちゃんやフランキーやブルックが加わったことよりも、
  そっちの展開の方がいつまでも手痛かったり致します。
  これから加わる仲間がいるごとに、
  あの可愛いキャラベルのお話も英雄譚の中で取り沙汰されるのでしょうね。

ご感想はこちらへvv

 
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